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広島高等裁判所岡山支部 平成8年(ネ)205号 判決 1998年1月29日

控訴人

檀上幸穂

(以下「控訴人幸穂」という。)

右法定代理人親権者父兼控訴人

檀上英明

(以下「控訴人英明」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

小笠豊

被控訴人

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右訴訟代理人弁護士

片山邦宏

被控訴人指定代理人

吉田尚弘

外五名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人幸穂に対し、金一一〇〇万円とこれに対する平成三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人英明に対し、金一二〇〇万円とこれに対する平成三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一審で生じた費用の三分の一及び第二審で生じた費用の三分の二を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

六  この判決の第二項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人幸穂に対し、金一六五〇万円とこれに対する平成三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人英明に対し、金一七五〇万円とこれに対する平成三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

(控訴人らは、当審において請求を減縮した。)

二  被控訴人

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

以下のとおり訂正等するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五頁六行目「尾道市民病院において」を「尾道市民病院に入院し、検査を受けた結果、同月二七日」に改める。

2  同六頁五行目「腫瘍腹部側」を「腫瘍腹側部」に改める。

3  同七頁二行目、同八頁二行目「の血液製剤」を各削除する。

4  同七頁一〇行目の次に行を改め、「二二時三〇分、輸血終了。」を付加する。

5  同八頁四行目「輸血量は、」の次に「一七時から一八時まで零、」を付加する。

6  同九頁三行目「岡大病院脳神経外科」の前に「同日一一時四〇分、」を付加する。

7  同九頁九行目「深昏睡となり、」の次に「同月一二日一一時四〇分、頭部CT検査の結果、クモ膜下出血が著明で、脳室の狭小化が著明であった。」を付加する。

8  同一〇頁一行目「左内頸静脈」の次に「又は左外頸静脈」を付加する。

9  同一一頁一行目「以下同」を「輸血部位が左内頸静脈か左外頸静脈かは本件において重要ではないので、以下、単に左内頸静脈という」に改める。

10  同一三頁四行目「亡洋子の容態、輸血」を「輸血用カテーテルを挿入した亡洋子の頸部」に改める。

11  同一三頁八行目「輸血針を穿刺」を「輸血用カテーテルの挿入」に改める。

12  同一五頁六行目から一七頁三行目までを以下のとおり改める。

「3 損害

(一)  逸失利益 金四四〇〇万円

亡洋子は死亡当時二八歳の主婦であったが、二八歳女子の平均年収は金二九七万二〇〇〇円、就労可能年数は三九年で、そのホフマン係数は21.309であるから、生活費控除を三〇パーセントとすると、亡洋子の逸失利益の総額の死亡当時の現価は金四四〇〇万円を下らない。

(297万2000円×21.309×0.7=4433万1243円)

控訴人らは、亡洋子の右損害賠償請求権を相続によって二分の一ずつ取得した。

(二)  慰謝料 各金一〇〇〇万円

(三)  右(一)(二)の合計は各金三二〇〇万円となるが、手術の困難性及び手術後の後遺症によって労働能力が低下する可能性があったことなどを考慮し、本訴においては内金として各金一五〇〇万円を請求する。

(四)  墳墓・葬祭費 金一〇〇万円

控訴人英明が負担した。

(五)  弁護士費用 各金一五〇万円

控訴人らは弁護士費用として各一五〇万円の支払を約した。

よって、被控訴人に対し、控訴人幸穂は右(三)(五)の合計金一六五〇万円、控訴人英明は右(三)ないし(五)の合計金一七五〇万円及び右各金員に対する亡洋子の死亡の日である平成三年三月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

13  同一七頁末行「否認する。」の次に「ただし、亡洋子に後頭蓋窩クモ膜下出血が生じたことは認めるが、右クモ膜下出血が手術中に生じたか、手術後に生じたかは不明である。」を付加する。

14  同二一頁一行目「超えたとはいえない」を「超えたかどうかは不明である」に改める。

15  同二一頁七行目の次に行を改め、「以上のとおり、亡洋子の頸部静脈から輸血をする際に担当医らが圧力を短時間に加えすぎた過失はない。」を付加する。

16  同二二頁五行目「膨張」を「腫脹」に、同七行目「内・外静脈」を「内・外頸静脈」に各改める。

17  同二四頁末行の次に行を改め、「以上のとおり、腹臥位の亡洋子に対する手術中に頸部の異常を発見することは不可能又は著しく困難であり、また、仮に手術中に頸部の腫脹を発見したとしてもこれに適切に対応する方法はなかったのであるから、担当医らには亡洋子の頸部、頭部に対する観察義務を怠った過失はない。」を付加する。

18  同二五頁一〇行目「血管が」の次に「大きく、しかも」を付加する。

19  同二五頁一〇行目から末行にかけて「困難なうえ、その効果についても疑問があったので」を「困難であり、危険を伴うので」に改める。

20  同二八頁三行目の次に行を改め、「以上のとおり、担当医らが出血量を少なくするための適切な処置、管理を怠った過失はない。」を付加する。

21  同二八頁五行目「知らない」を「争う」に改める。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(当事者及び医療契約)、同2(一)の事実(経過)[ただし、亡洋子に対する左頸部からの輸血部位が内頸静脈か外頸静脈かという点を除く。]及び同2(二)(死因)のうち亡洋子に後頭蓋窩クモ膜下出血が生じた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件手術、輸血及び手術後の経過についての当裁判所の認定、判断は、以下のとおり訂正等するほか、原判決二九頁二行目から同四二頁九行目までの理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二九頁二行目全部を「(一)前記争いのない事実、甲一ないし四、五の1・2、六ないし一八、乙一の1・2、二の1・2、三、四の1・2、五、六の1ないし3、八ないし一八、」に改める。

2  同二九頁四行目「本人尋問」の次に「の結果」を付加する。

3  同三〇頁七行目「二二日」を「一二日」に改める。

4  同三〇頁九行目「同日」を「同月二二日」に改める。

5  同三二頁末行「麻酔科」の前に「同年一月三〇日、」を付加する。

6  同三三頁五行目「亡洋子に対し」の前に「同月三〇日と同年二月一日の二回にわたり、」を付加する。

7  同三四頁五行目「亡洋子の父親に」の前に「同月一日、」を付加する。

8  同三六頁七行目「腹部側」を「腹側部」に改める。

9  同三六頁八行目、同三八頁一〇行目「E'」を「E」に、同三六頁八行目「S'」を「S」に各改める。

10  同三六頁一〇行目末尾の次に「麻酔は、A、B、C各医師及び途中から加わったG医師が行った。」を付加する。

11  同三七頁二行目「左内(外)頸静脈」を「左頸部静脈(左内頸静脈か左外頸静脈のいずれかを特定することはできないが、本件においては、そのいずれであっても、以下の認定、判断を左右するものではない。以下同じ。)」に改め、同三七頁四行目、同三九頁四行目から五行目、同四〇頁一行目「左内(外)頸静脈」を「左頸部静脈」に各改める。

12  同三八頁五行目、同四〇頁五行目「の血液製剤」をいずれも削除する。

13  同三八頁八行目「前方から」から同一〇行目「腫瘍を摘出する」までを「左第五腰動脈・正中仙骨動静脈を結紮し、腫瘍付近の総腸骨動静脈・内外腸骨動静脈を腫瘍から剥離又は結紮して切り離した後、腫瘍を摘出する」に改める。

14  同四〇頁五行目から六行目にかけて「別紙「輸血の経過表」」を「別紙「輸血の経過表(一)ないし(三)」(ただし、同(一)(三)の各欄外上部の( )書中及び同表末尾添付の「輸血の経過表の作成に当たって留意した事項」の番号1の欄中「左外頸静脈」を「左頸静脈」に各改める。)」に改める。

三  前記二の認定事実、鑑定人花岡一雄、同桐野高明、同中村耕三の各鑑定結果、甲一六、一七、二一、二二、証人花岡一雄の証言及び弁論の全趣旨によれば、亡洋子の死因について、次の1ないし4の事実が認められる。

1  本件手術は、仰臥位の亡洋子に対し、腫瘍腹側部の処理及び下腿からの採骨手術をした後、亡洋子を腹臥位にして仙骨全部(腫瘍)の摘出及び骨盤再建を行う大手術であり、長時間にわたり(平成三年二月六日九時三〇分手術開始、二二時五〇分手術終了。)、大量の出血を伴うので(手術前に一万ミリリットル以上の出血を予想し、実際に約一万六〇〇〇ミリリットルの出血があった。)、大量の輸血を必要とした。このため、手術を担当する医師らは、麻酔管理(麻酔及び輸血)の方法につき、専門の麻酔科医とも協議し、出血量を減少させるため、低血圧麻酔を行うなどの措置を講じ、さらに麻酔科医が手術に立会い、麻酔管理を担当した。手術を担当した整形外科医は、D医師ら八名であり、麻酔管理を担当した麻酔科医は、当初、三名であったが、途中から一名が加わって四名になった。

2  本件手術中、麻酔科担当医は、亡洋子に対し、右手静脈から一万〇六〇〇ミリリットル、左頸静脈から四八四〇ミリリットル(合計一万五四四〇ミリリットル。内訳は原判決添付の別紙輸血経過表(一)ないし(三)のとおり。)の輸血(加熱人血漿蛋白液を含む。以下同じ。)を行った。腫瘍腹側部の処理及び下腿からの採骨手術が終了した一六時三〇分までの出血量は約五五〇〇ミリリットル、輸血量は六三五〇ミリリットルであったが、一七時〇〇分に腫瘍摘出術を開始して以後、亡洋子の出血は激しくなり、急速に大量の輸血を行う必要が生じたので、担当医は、亡洋子の右手静脈及び左頸部静脈に挿入した輸血用カテーテルから、注射器及び三方活栓を使用し、圧力を加えて輸血をした。一六時三〇分から左頸静脈内カテーテルを抜去した二二時四五分までの出血量は約一万〇五〇〇ミリリットル、輸血量は九〇九〇ミリリットルであった。

3  右加圧輸血により、腹臥位になった亡洋子の左頸静脈に挿入した輸血用カテーテルの血管穿刺部位付近から、血液が大量に血管外に漏出した。漏出した血液は、頸部の腫脹を生じたほか、頸部の静脈を圧迫して、頭蓋内の静脈圧を上昇させ、その結果、脳の灌流障害による脳虚血、静脈鬱血による頭蓋内出血を起こした。

4  担当医は、亡洋子を仰臥位に戻した時点で初めて亡洋子の頸部腫脹に気づき、漏出した血液を排出するため、頸部の減張切開を行った。しかし、亡洋子の意識は十分に回復しないまま、脳の組織障害は進行し、小脳出血、クモ膜下出血が漸次増強し、以後、これに伴う脳浮腫の増強により脳死状態となり、死亡に至った。

5  以上によれば、亡洋子は、前記血液漏出の結果脳出血を生じ、これが原因で死亡したと認めるのを相当とする。

なお、被控訴人は大量輸血による出血傾向の増大及び脳内血管の病変の存在も脳出血の原因と考えられると主張する。しかしながら、大量輸血に伴い血液凝固因子が減少して出血し易い状況になることは、一般的な傾向として認められるものの、これとても右出血傾向が脳出血を増強したと認めうるに過ぎず、前記血液漏出の結果脳出血が生じたことを否定するものではない。また、亡洋子の脳内血管の病変については、その可能性を否定することはできないが(一般に、健常者の間でも五パーセントの頻度でみられるという。)、亡洋子の病歴、生活歴、術前の状態に照らすと、その可能性は低いといわざるをえないばかりか、本件においては、その存在を裏付けるに足りる証拠はないので、これを認め難い。そうすると、被控訴人主張の事情は、いずれも前記認定、判断を左右するものではない。

四  亡洋子と被控訴人との間の本件医療契約は準委任契約であるから、本件手術を担当した医師らは、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって本件手術を行うべき基本的な注意義務を有していた。したがって、担当医は、手術自体を細心の注意をもって行うとともに、手術中の患者の身体の状態を監視し、出血その他異常を発見したときは、輸血その他適切な措置を取って患者の生命を維持すべき注意義務を有していた。

亡洋子は、本件手術を受けるにあたり、全身麻酔をされ、大量出血に伴い大量輸血を受けたのであるから、その生命の維持は麻酔管理に当たる医師の手に委ねられていた。したがって、麻酔担当医は、亡洋子の身体の状態を常時観察し、亡洋子の出血に伴い、必要な量の輸血を迅速かつ安全な方法で行うべき注意義務を有していた。とくに、急速大量輸血をするため加圧して輸血を行うにあたっては、輸血用カテーテル挿入部位から加圧された血液が血管外に漏出することが予想されたのであるから、カテーテル挿入部位を観察し、血液漏出を発見したときは他の輸血路を使用して輸血を行うなどの措置を取るべき義務を有していた。

本件手術は、長時間にわたる大手術であり、大量出血が予想されたので、大量の輸血用血液を準備し、亡洋子の輸血路としても右手静脈と左頸静脈の二本を用意し、麻酔管理を担当する麻酔科医も三名(途中から一名加わって四名)配置されていた。したがって、麻酔担当医は、輸血を行うに際し、少なくとも一名は亡洋子の身体の状態を監視し、加圧輸血開始後は輸血用カテーテル挿入部位を随時観察し、同部位から血液が血管外へ漏出していないかどうか観察する義務を有していた。とくに、亡洋子が腹臥位となって手術台の上からは輸血用カテーテルを挿入した左頸部の観察が困難となった後も多量の輸血を続けたのであるから、麻酔担当医は、鏡を手術台の下に挿入し又は手術台の下にも適宜人員を配置するなどの方法により左頸部の状態を観察する義務があった。

しかるに、麻酔担当医は、腹臥位状態における亡洋子の左頸部の状態につき観察を怠った結果、亡洋子を仰臥位にするまで頸部の腫脹に気づかなかったのであるから、前記観察義務に違反した過失があったというべきである。

なお、被控訴人は、腹臥位状態において担当医が頸部腫脹を発見したとしても、輸血を中止又は適当な輸血路を確保することは不可能であったこと、腹臥位の状態で減張切開を行うことは不可能であり、また大量出血に伴う加圧輸血を行っている状態で亡洋子を仰臥位に戻すことも不可能であったことに照らせば、麻酔担当医において他に適切に対処する方法はなく、結果回避の可能性が存しなかったので、過失がなかった旨主張する。しかしながら、亡洋子の左頸部に代わる輸血路としては左腕が使用可能であったことが認められ(甲二二、証人花岡一雄の証言)、早期に頸部腫脹を発見していれば、左腕から輸血することにより手術を継続することができたと認めるのを相当とするので、被控訴人の右主張は理由がない。

そうすると、被控訴人は、亡洋子との間の本件医療契約につき、債務不履行責任を負うというべきである。

五  損害について検討する。

1  亡洋子の逸失利益

本件手術が成功していたとしても、その後に予想された後遺症(膀胱・直腸障害。何とか歩けるが、装具や杖が必要であること。)及び再発可能性(五〇パーセント程度)に照らすと、亡洋子の就労可能性は低いとみざるをえず、同人の逸失利益の算定は困難である。

2  慰謝料

本件事案の内容、亡洋子の年齢、家族構成、生活状況、その他本件に現われた諸般の事情を総合して考慮すると、控訴人らに対する慰謝料として、各金一〇〇〇万円が相当であると認める。

3  墳墓・葬祭費

控訴人英明が出捐したことが認められる葬祭費等のうち金一〇〇万円を被控訴人に負担させるのが相当である。

4  弁護士費用

控訴人らが本件訴訟に要した弁護士費用のうち各金一〇〇万円を被控訴人に負担させるのが相当である。

5  まとめ

そうすると、控訴人幸穂の損害額は、右慰謝料一〇〇〇万円に右弁護士費用一〇〇万円を加えた一一〇〇万円、控訴人英明の損害額は、右慰謝料一〇〇〇万円、葬祭費等一〇〇万円に右弁護士費用一〇〇万円を加えた一二〇〇万円となる。

六  以上によれば、控訴人幸穂の請求は損害金一一〇〇万円とこれに対する附帯請求、控訴人英明の請求は一二〇〇万円とこれに対する附帯請求の限度で理由があるので、控訴人らの請求を右限度で認容し、その余は棄却するべきである。よって、これと異なる原判決を変更することとし、民訴法六七条二項、六一条、六五条一項本文、二五九条(なお、仮執行免脱の宣言は相当でないから、これを付さない。)を適用して、主文のとおり判決する(口頭弁論終結日・平成九年一一月四日)。

(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 上田昭典 裁判官 市川昇)

別紙輸血の進行表(一)(二)(三)<省略>

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